三麻の日記

お母さんの毎日

不調というもの

麻雀打ちである以上、誰もが必ず経験するであろう不運のスパイラル。
私は今まさにその最中にいる。
月初の時点では勝ち越し+5と、やや良い位の成績でこなしていたのだが
1日まとまった時間ができ、その日の鬼打ち(40~50打った)からというものの
月間の通算負け越し-13という大負けを喫することとなった。

  1. 5から転じて-13、つまり短期間で18近くの-を作ったことになる。

そもそも不調とは何なのか?
マイナス寄りの確率に一定数以上引く割合が多く占めてしまう、というのが事実的部分であろう。
よくあるパターンといえば
リャンメン以上捲り合いにが愚形にも平気で負けまくる
ラス目親番好配牌なのに仕掛けと一段目以内に他家のリーチが入る
これはよくあるかは不明だが…残さざるをえない形で、テンパイに取った時の牌がやたら刺さる(135p23467s東東東白白で15pが相手の手にジャストする)
オーラス全員点数フラットで親かぶりラスor通常手順がダマや仕掛けに刺さってラスなどなど。
数えだしたらきりがない。
確率の部分によって、どうにもできない部分がある。
しかし、不調の時はその確率の部分ではなく
自らでそれを引き込んでしまっている事が実はかなり多いのではないかと思う。
例えば先日
456788s中中 ドラ1つの手。
先制子供で、基本は三面に受けるところを
何故か捻った部分からシャンポン→親が押して満貫つもあがり。
後から見れば見るほど、一体自分は何をしているんだろうという気持ちになる。
これに限らず、普段押さないような手を押しているハイフが何度も見てとれた。
結局
瞬間の不調に嫌気が差し、取り返したい思いが全て前のめりになり、悪い結果を残してしまっている。
打数は正義とは言ったものだけど
精度100から始まって、不運に見舞われて③連ラス。
それをそのまま感情的部分だけで続けるとどうなるのか??
多分同じ精度で打てる人間はなかなかにいないはずだ。
精度100→333→精度70→322→精度50→13233
みたいに、体感ではあるがクールダウンやメンタルリセットを挟まないとこういう結果になりやすいのではないかと思う。
打数が正義っていうのは
場数を踏むことの重要性を説いてるのであって
感情に任せてひたすら打つことを正義といっているわけではない。(一部例外でNAGISUKEさんのようなタイプもいるが)
最近だと、十段に咲いたbeesonoさんあたりなんかはメンタルや辞め時というものをキチンと理解しているようだった。
人間だから「負けたままでは…」「少しでも取り返さないと」という気持ちは働くのが決しておかしい話ではない。
しかしそうなった状態の自分というのは、早く現状を変えたいという思いだけで
何が悪くて何は問題なかったのかという、1番大事な部分を省みなくなってしまう。
なんかの歌にもあるけれど「だめに、なーりーそーなとーき、それが1番大事」は本当にその通りだと思う。
崩れかけた時に真価が問われる。
けれど、崩れかけて崩れ落ちたら終わりではない。
死ぬほど麻雀が好きでそれでも負けまくって、死ぬほど悔しくて、ただ数だけをこなして散るということ
それもまたその人の行き様なのだ。
ハイフを見直す~、悪いところは~、あの時~
そんな事は、その人自身が気づいたときにやるべきことであって
打つことで自分を支えることができるなら
その人はそうするべきだ。
自分が納得できるなら、なんだってしたらいい。
そのなかで、どうするべきかを自分で見つけられればそれが1番。

追伸
朝からペットボトルが脱走云々いってくるアホがいるんだけど、この人もそろそろ八段いっていいと思うんだけどな。